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壮絶なる終楽章

バーンスタイン(レナード)のチャイコフスキー 交響曲第6番
壮絶なる終楽章!レニーはもっと生きたかった!

たしかこの「悲愴」はバーンスタイン生涯最後の録音か、あるいは生前にリリースされた最後の国内盤かのどちらかであったと記憶している。初リリース当時、この終楽章の“尋常ならざる遅さ”に多くの手厳しい論評が集中していたが、その中で唯一といっていいほど好意的に評価されていたのが映画評論家でもあり、オーディオ評論家でもあった荻昌弘氏(TBS月曜ロードショーのプレゼンターとしてもお馴染みだった)の「レコ芸」特集記事だった。氏はこの終楽章を聴いて“ただならぬ予感”を感じ、バーンスタインの健康を案じておられた。斯く言う私もレニー晩年の異様なまでの腹の出具合を写真でみて“もしや腹水がたまっているのでは?”と心配はしていたが、よもやこのディスク購入後僅か数ヶ月でその予感や心配が現実のものになろうとは! そしてこのディスク収録当時にレニーがもし既に自らの死期を悟っていたとすれば、この終楽章の尋常ならざる遅いテンポの必然性も自ずと理解出来よう。つまり、この曲の終わりを自らの芸術人生の終焉!と位置付け、時間の流れさえもいと惜しみながら、一音たりともゆるがせにせず、切々と現世との別れの歌を謳い上げたのだ。冒頭の切ない主題を聴いて人生の黄昏を感じない人はおられまい。更に曲想が高揚すればするほど生への未練、運命への嘆きが増幅され、壮絶で血を吐くような魂の絶叫を聞かされる思いだ。そしてピアニシモで消え入る様に迎えるこの曲の終結をここまで未練がましく引き延ばした演奏が他にあるだろうか? 残念ながら「大地の歌」の再録は叶わなかったが、マーラーの第九からは“救い”や“慰め”が感じられたが、この「悲愴」からは“救い”も“慰め”も感じられず、あるのは只々“諦め”と“嘆き”のみだ。 あぁ きっとレニーはもっと生きたかったに違いない!!!・・・ 芸術家たるもの如何なる境遇に身を晒されようともけして感情に溺れてはならない!っというご意見もあろうが、レニーはレニーらしく“人間臭いレニー”として世を去って行ったのだ! この「悲愴」は必ずしも万民向けの「悲愴」としてお薦め出来る代物ではないが20世紀の後半、一時代を築き、時代を彩り、多くのファンを魅了した一人の巨匠の“最後の嘆き節!”としてじっくりと耳を傾けて頂きたい!それがレニーより多くの感動を授かったいちファンとしての切なる願いであります。 合掌

おすすめ

価格も安く名演奏が聴けるので初心者の方は迷わず勧められる

いくらなんでも遅すぎる

シベリウスの2番のテンポについては、遅さがプラスになっているものの、
この「悲愴」は実は初めて聴いてみたんですが、ニューヨークフィルの面々が
名誉指揮者だから仕方ない弾いてやろうという感じです。
いくらなんでも超遅い。他には無いというユニークな演奏ではありますが、
やはり、11分程度で音を磨いて欲しかったというのが感想です。
カラヤンのいくつかの演奏を支持している私には拷問です。


チャイコフスキー:交響曲第6番
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by ikairon1 | 2011-05-13 12:11 | 音楽